〈相馬盛胤〉金山を暴風雨の夜に無血で奪った

永禄9年(1566)、まだ城構えのなかった金山の地侍・四十九院(つるしいん)氏を調略し、暴風雨の夜に乗じて占拠したと『奥相茶話記』が伝える。力攻めではなく調略と天候利用による奪取。細部は相馬側編纂物のみが典拠だが、金山がこの後、天正12年(1584)まで争奪の的であり続けたことは伊達側の奪回記録からも裏付けられる。

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