〈松浦隆信〉隠居後も30年実権を握った「道可の院政」
永禄11年(1568)、40歳で家督を鎮信に譲り剃髪。その後も壱岐攻略、志佐氏併呑、九州平定参陣、文禄の役の兵糧輸送監督(秀吉から賞された)など、死の直前まで意思決定に関与した——ここまでは記録で確認できる。「実権はなおも握り続けた」という評価は通説だが、父子の権限分掌の実態を示す史料は限られる。
永禄11年(1568)、40歳で家督を鎮信に譲り剃髪。その後も壱岐攻略、志佐氏併呑、九州平定参陣、文禄の役の兵糧輸送監督(秀吉から賞された)など、死の直前まで意思決定に関与した——ここまでは記録で確認できる。「実権はなおも握り続けた」という評価は通説だが、父子の権限分掌の実態を示す史料は限られる。