〈有馬義貞〉弟・純忠に「棄教した方がよい」と勧めた
天正元年(1573)、義貞は弟に「信仰を続ければ命の危険があるから棄教した方がよい」と勧めたとされる(結城了悟の研究)。宣教師史料による伝聞であり逐語の台詞ではないが、その3年後に自分が受洗するという屈折は、信仰と保身の間で揺れる義貞像の核心をなす。
天正元年(1573)、義貞は弟に「信仰を続ければ命の危険があるから棄教した方がよい」と勧めたとされる(結城了悟の研究)。宣教師史料による伝聞であり逐語の台詞ではないが、その3年後に自分が受洗するという屈折は、信仰と保身の間で揺れる義貞像の核心をなす。