〈龍造寺隆信〉「五州二島の太守」として五か国を支配した

称号の使用自体は史実(川副2006)。だが確実な領国は肥前一国で、筑後・肥後北部・筑前南部等は従属国衆の勢力圏、壱岐・対馬(宗氏)は通交・儀礼上の関係に近い。耳川後わずか5年余の勢力圏であり、当主討死だけで瓦解した速さが、島津・大友より脆弱な「国衆連合の盟主」という内実の傍証である。

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