〈鍋島直茂〉「主家乗っ取り」だったのか

乗っ取り論の根拠 — 高房は成人後も実権を回復できず憤死し、龍造寺宗家は断絶。遺児・伯庵の訴訟も幕府に退けられた。結果だけ見れば譜代重臣による「合法的下剋上」。円満移行論の根拠 — 委任は秀吉・家康の決定で簒奪を示す一次史料はなく、龍造寺一門の長老(信周・長信ら)自身が勝茂の継承を推挙し、直茂は生涯藩主に就かず一門を厚遇した。「陰謀で乗っ取った」という単純な図式は後世の物語で増幅された俗説であり、実態は中央政権公認の段階的・制度的な政権移行——ただし高房個人にとっては悲劇だった、というのが現在の通説的理解である。

関連

〈鍋島直茂〉「主家乗っ取り」だったのか | デジタル城下町 お城図鑑