〈立花道雪〉「柳川に向けて立ったまま埋めよ」の遺言

高良山陣中での病没(1585年9月11日・享年73)と遺骸の立花山帰還・梅岳寺埋葬は複数史料が一致する史実。だが遺言の文言は『大友興廃記』系の軍記・逸話集で異同があり、一次史料はない。「島津軍も喪に服して追撃しなかった」とする流布版は、当面の敵が龍造寺・秋月方だった時系列とも合わない。家臣団が遺骸を守って連れ帰った事実こそが実像を示す。

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