〈立花道雪〉大戦37・小戦百余、生涯無敗
数字は柳川藩関係の顕彰記録・軍記に由来し、同時代史料で集計できない。厳密には門司城攻め(1562)は落とせず撤退、休松の戦い(1567)では一族多数を失う大損害を受けた。「無敗」は主将として決定的大敗を喫しなかったという顕彰的表現。ただし約60年の膨大な戦歴自体は疑いない。
数字は柳川藩関係の顕彰記録・軍記に由来し、同時代史料で集計できない。厳密には門司城攻め(1562)は落とせず撤退、休松の戦い(1567)では一族多数を失う大損害を受けた。「無敗」は主将として決定的大敗を喫しなかったという顕彰的表現。ただし約60年の膨大な戦歴自体は疑いない。