〈赤井直正〉「丹波の赤鬼」と恐れられた

異名の典拠は近世の地誌『丹波志』で、同時代史料には見えない。籾井教業の「丹波の青鬼」伝承と対をなす、軍記・地誌レベルの呼称と考えるべきである。ただし直正の武名が東国まで聞こえていたことは『甲陽軍鑑』の記載から確認でき、「猛将としての名声」自体は実態を伴う。

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