〈後藤基次〉「摩利支天の再来」と大坂城五人衆

浪人衆の先駆けとしての入城、五人衆への列挙、6,000人の遊軍指揮は史実。天満の浦の閲兵で「摩利支天の再来」と称賛されたという文言は『武功雑話』由来で諸説。『三川記』には浪人時代から大野治長に囲われ姪聟になったとする記述もあり、入城は周到な招聘だった可能性がある。

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