〈大野治胤〉兄・治長との「役割分担」

治長が政務・外交、治胤が実戦(汚れ仕事を含む)という対比で語られるが、治胤の任務がどんな意思決定で与えられたかを示す史料はない。「兄弟の分担」というより「新参帰参組の治胤に与えられた持ち場」とみる方が実態に近い。確実なのは、追放された治胤が帰参できたのは兄たちが家中の中枢にいたからだという点である。

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