〈小西行長〉加藤清正との対立

朝鮮出兵の作戦・講和方針をめぐる対立(清正=強硬論、行長=和平論)は複数史料で確認できる史実。だが緑川の水利争いは後世の地誌「収拾昔語」が初出、漢城一番乗り「争い」の演出も軍記的脚色を含む。中野等氏(2013)は対立の深刻化を1592年5月以降とし、それ以前の対立逸話の多くを後世の創作と指摘。「日蓮宗対キリシタン」の図式も後世の単純化とみるのが近年の評価である。

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