〈増田長盛〉「豊臣家を滅ぼした元凶」「三成を売った男」

徳川方の編纂物や軍記を源流とする憎まれ役像。安藤英男は、長盛が管理した豊臣蔵入地を西軍に全面投入していれば戦況は変わり得たとし輝元と並ぶ敗因と評する。一方、五奉行で唯一関ヶ原後も秀頼の側に残り、15年の恭順の末に子の連座で死んだ事実は単純な裏切り者像では説明がつかず、再評価が進んでいる。

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