〈溝口秀勝〉城下町建設と治水で「北越の穀倉」を築いた

新発田城・城下町の建設、低湿地の開墾・治水の端緒を開いたのは秀勝で、自治体史・市公式資料で確認できる。ただし新発田城の完成は3代宣直期(1654年頃)、瓢湖の造成(1639)も後代の事業。秀勝一代の治績と藩歴代の治績を混同しないことが重要。幕末に実高20万石前後とされる生産力は、秀勝が据えた開発型藩経営の帰結である。

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