〈山内一豊〉種崎浜の一領具足処刑

慶長6年(1601)、一揆に関与した一領具足・庄屋ら73人(72人とも)を種崎の浜で磔にしたと伝わる。旧臣勢力の粛清自体は土佐側の記録に残る負の史実である。ただし「相撲興行と称しておびき出した」という劇的な筋立ては、後世の反山内感情(下士層の伝承)の中で強調された可能性が指摘される。

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