〈蜂須賀家政〉関ヶ原の「阿波返上・高野山隠遁」は両面工作
阿波返上・剃髪・高野山光明院入り、至鎮の東軍参加、戦後の所領安堵という経過は史実として追える。だが「親子で東西に分けた計算ずくの保険」は結果論を含む解釈で、光成準治氏らは至鎮の従軍が18騎で実質人質だった可能性、家政も選択の余地なく追い込まれた側面を指摘する。実態は西軍占領下での必死の危機管理に近い。
阿波返上・剃髪・高野山光明院入り、至鎮の東軍参加、戦後の所領安堵という経過は史実として追える。だが「親子で東西に分けた計算ずくの保険」は結果論を含む解釈で、光成準治氏らは至鎮の従軍が18騎で実質人質だった可能性、家政も選択の余地なく追い込まれた側面を指摘する。実態は西軍占領下での必死の危機管理に近い。