〈藤堂高虎〉聚楽第の家康屋敷を独断で設計変更した

天正14年(1586)、作事奉行の高虎は設計図の警備上の難点を独断で変更し費用も自弁、「御不興ならお手討ちください」と答えて家康を感嘆させたという(『高山公実録』等)。家康との親密関係の「起源譚」として整えられた可能性があるが、この時期に高虎が家康と直接書状を交わしていたことは確認できる。

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