〈藤堂高虎〉家康が臨終の枕頭に高虎を招いた

死の10日前、家康は「来世ではそなたと会えぬのがつらい」(宗旨が違うため)と涙し、高虎は「ならば宗旨を改めます」と即答、実際に天海について天台宗に改宗したと伝わる(『西嶋八兵衛留書』)。細部は劇的に整えられた可能性が高いが、臨終期の家康に外様の高虎が近侍したこと自体は確実性が高い。「高虎を先鋒とせよ」という遺言の伝承(『忠勤録』)もある。

関連

〈藤堂高虎〉家康が臨終の枕頭に高虎を招いた | デジタル城下町 お城図鑑