〈竹中半兵衛〉「陣中で死ぬのが武士の本望」と療養を断った

天正7年6月13日に三木・平井山の陣中で病没したこと(享年36)は系譜・墓碑・諸記録が一致し、確度が高い。だが一度京で療養したのち自ら陣に戻った経緯や「畳の上で死ぬのは本望にあらず」の台詞は『竹中家譜』『川角太閤記』など江戸期の家譜・聞書由来で、逐語的な一次史料はない。「肺結核」も喀血描写からの現代の推測である。

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