〈前田利長〉「家康暗殺計画」の首謀者だった

慶長4年(1599)9月、増田長盛らの密告により浅野長政らが処罰され、利長が首謀者と目されて「加賀征伐」の風聞が流れたことは同時代史料で確認できる。だが暗殺計画そのものが実在した証拠はなく、征伐計画も当時の「風聞」の域を出ないとする見方が有力。大西泰正氏は、利長は当初から徳川と協調して領国を保全する路線であり、家康の専権確立で生じたわだかまりの中で政治的判断を迫られたと再解釈する。「本当に暗殺を企てた」と断定する語りは俗説に近い。

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