〈池田輝政〉岐阜城を1日で落とした

慶長5年(1600)8月、木曽川を渡河し織田秀信の岐阜城を1日で攻略したことは史実。輝政が西美濃の村・寺院へ八月日付の禁制を大量発給した文書が現存し、占領統治の主体だったことが実証されている(山本浩樹氏)。福島正則との抜け駆け・激怒譚は軍記物が膨らませた可能性が高い。

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