〈京極高吉〉上平寺への隠居
隠居先を旧本拠の上平寺(米原市)とする記述は系譜・自治体資料に見えるが、一次史料での確認はできない。「義晴薨去後に上平寺に帰り蟄居」という別記述(高慶)との混同の可能性もある。確実なのは晩年(1581年時点)の安土城下居住であり、上平寺隠居が事実としても1570年代の一時期とみるべきである。
隠居先を旧本拠の上平寺(米原市)とする記述は系譜・自治体資料に見えるが、一次史料での確認はできない。「義晴薨去後に上平寺に帰り蟄居」という別記述(高慶)との混同の可能性もある。確実なのは晩年(1581年時点)の安土城下居住であり、上平寺隠居が事実としても1570年代の一時期とみるべきである。