〈京極高次〉高次は優柔不断に迷った末の籠城だった

従来は東西の間で揺れた「迷い」と描かれてきたが、御厨義道氏の研究(2019)は、家中の親西軍派への配慮と家の存続策を織り込んだ上で一貫して東軍方だったと解釈する。東軍諸将の間では7月時点で高次の帰属が知られていた一方、三成ら西軍は籠城開始まで気づいていなかった。

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