〈細川晴元〉「天下を握った最後の管領」
管領就任を示す確実な同時代史料は確認されていない。天文15年(1546)の義輝元服では、本来管領が務める加冠役を六角定頼が「管領代」として務めた(『光源院殿御元服記』)。浜口誠至氏らはこれを管領空席=非就任の証拠と解する。晴元の力の実体は職名ではなく京兆家当主(右京大夫)の座にあった。
管領就任を示す確実な同時代史料は確認されていない。天文15年(1546)の義輝元服では、本来管領が務める加冠役を六角定頼が「管領代」として務めた(『光源院殿御元服記』)。浜口誠至氏らはこれを管領空席=非就任の証拠と解する。晴元の力の実体は職名ではなく京兆家当主(右京大夫)の座にあった。