〈三好三人衆〉野田福島で信長に「判定勝ち」した

元亀元年(1570)、野田・福島に籠る三人衆を信長自身が包囲したが、石山本願寺の挙兵と浅井・朝倉の南下で攻略を断念し撤退した(『信長公記』巻三)。信長を釘付けにしたまま包囲網が起動した構図は事実。ただし本願寺らとの事前共謀説は、確証となる史料が限られる。

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