〈三好長慶〉実休の戦死は「主殺しの報い」
次弟実休が久米田の戦い(1562)で戦死したことは『細川両家記』ほかで確実な史実。実休がかつて主君筋の細川持隆を殺害したこと(見性寺事件、1553)も事実だが、戦死をその「報い」として語る因果譚は江戸期軍記の脚色である。実休は武野紹鴎に学んだ一流の茶人でもあった。
次弟実休が久米田の戦い(1562)で戦死したことは『細川両家記』ほかで確実な史実。実休がかつて主君筋の細川持隆を殺害したこと(見性寺事件、1553)も事実だが、戦死をその「報い」として語る因果譚は江戸期軍記の脚色である。実休は武野紹鴎に学んだ一流の茶人でもあった。