〈三好長慶〉「戦国最初の天下人」だった

根拠は三つ。(1)当時の「天下」は日本全国ではなく京都を中心とする畿内を指すのが第一義だったという語義研究(神田千里氏・柴裕之氏ら)。(2)1553〜58年の5年間、将軍義輝を追放したまま傀儡将軍すら立てずに京都を統治した——信長以前に例のない形態(天野忠幸氏)。(3)奉行人奉書による訴訟裁許、京都・堺の都市支配、寺社統制など、幕府から自立した統治機構の実態。一方、山田康弘氏らは将軍権力の残存を重視して疑問を呈し、馬部隆弘氏らの修正意見もある。確定した通説ではなく「有力な再評価枠組み」というのが現在地。根拠文献は天野忠幸『戦国期三好政権の研究』(2010)、『三好一族』(中公新書、2021)。

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