〈教如〉流浪中も反信長活動を続けた(越中一向一揆の扇動)

大坂退去後の教如が、甲州征伐中の織田軍の後方攪乱を狙って越中五箇山の一揆残存勢力を指揮しようとした、上杉景勝の要請で越後を目指した——という説は小泉義博『本願寺教如の研究』(2004-07)の論証によるが、状況証拠に基づく推定を含む。本能寺の変の際に美濃・越前国境付近にいたとする説(上場顕雄2005)もある。近江や安芸に来たという各地の伝承は伝説の域を出ない。

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