〈徳川家光〉家光が「鎖国」を完成させた

渡航・帰国の禁止、ポルトガル船来航禁止(1639)、出島移転(1641)はすべて史実。だが「鎖国」の語は同時代に存在せず、享和元年(1801)に志筑忠雄がケンペル『日本誌』の一章を「鎖国論」と訳した造語が初出。長崎・対馬・薩摩・松前の「四つの口」は開いており、「国を閉ざした将軍」像は19世紀以降の後付けである。

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