〈徳川秀忠〉武家諸法度は秀忠が作った
元和元年(1615)、金地院崇伝起草の武家諸法度13か条が秀忠の名で発布されたのは史実。ただし立案の主導は家康で、秀忠は名義人だった。近年の研究(山本博文ら)が秀忠の功績とするのは「運用」——福島正則・本多正純・松平忠直ら身内も譜代も容赦なく処罰し、法を身分を超えて機能させたことである。
元和元年(1615)、金地院崇伝起草の武家諸法度13か条が秀忠の名で発布されたのは史実。ただし立案の主導は家康で、秀忠は名義人だった。近年の研究(山本博文ら)が秀忠の功績とするのは「運用」——福島正則・本多正純・松平忠直ら身内も譜代も容赦なく処罰し、法を身分を超えて機能させたことである。