〈山県昌景〉三方ヶ原の追撃と浜松城「空城計」
元亀3年12月22日の三方ヶ原の大勝は史実。昌景の左翼での奮戦や勝頼の救援描写は『甲陽軍鑑』に拠る。一方「山県隊が浜松城まで追撃したが、家康が城門を開き篝火を焚く空城計で引き上げた」という逸話や夜襲「犀ヶ崖の戦い」は江戸幕府編纂の徳川系史料が初出で、家康神話の一部として形成された可能性が高い。
元亀3年12月22日の三方ヶ原の大勝は史実。昌景の左翼での奮戦や勝頼の救援描写は『甲陽軍鑑』に拠る。一方「山県隊が浜松城まで追撃したが、家康が城門を開き篝火を焚く空城計で引き上げた」という逸話や夜襲「犀ヶ崖の戦い」は江戸幕府編纂の徳川系史料が初出で、家康神話の一部として形成された可能性が高い。