〈原虎胤〉法華信仰による追放と北条家出奔

天文22年(1553)の追放と翌年の帰参は『甲陽軍鑑』『関八州古戦録』が初出(依存度・高)。追放理由は(a)信玄に浄土宗への改宗を迫られ拒否した、(b)『甲州法度之次第』が禁じる宗論に関与した法度違反、(c)法論で浄土宗側に肩入れした——と三様に伝わり確定しない。原氏が鎌倉以来の法華信徒の家系であること、法度に宗論禁止条項が実在することは(a)(b)の傍証。北条家滞在も「翌年帰参」から「3〜4年」まで諸説ある。

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