〈大谷吉継〉平塚為広と辞世を交換した

為広「名のために棄つる命は惜しからじ…」への返歌「契りあれば六の巷にまてしばし…」。初出は『関原軍記大成』(1713)等の江戸期編纂物で、戦場の混乱下の和歌の応酬をそのまま史実とは断じられない。「六の巷」(六道の辻)が後世「六文銭を共に」の友情イメージへ転化し、三成との友情譚と一体化した。

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