〈大谷吉継〉湯浅五助が首を隠し、藤堂高刑が約束を守った

「わが首を敵に渡すな」の命で五助が首を埋め、来合わせた藤堂高刑に他言無用を頼んで討たれた——初出は『常山紀談』(18世紀)で問答は脚色の可能性が高い。ただし吉継の首だけが実検に供されなかったと伝わる点、関ケ原に主従の墓が並び藤堂家が守ったとされる点は、伝承に一定の実態が伴うことを示唆する。米原の首塚(甥・祐玄が持ち帰った)という異伝もある。

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