〈大谷吉継〉病はハンセン病だった
同時代唯一級の典拠は『宇野主水日記』天正15年(1587)の大坂辻斬り事件の風説記事に、吉継を「癩病」とする噂が載ること——あくまで風説の記録である。末期梅毒説・眼病説もあり、病名の断定は不可能というのが近年の慎重な主流。確実なのは眼を重く病んでいたこと(直江兼続宛書状)。
同時代唯一級の典拠は『宇野主水日記』天正15年(1587)の大坂辻斬り事件の風説記事に、吉継を「癩病」とする噂が載ること——あくまで風説の記録である。末期梅毒説・眼病説もあり、病名の断定は不可能というのが近年の慎重な主流。確実なのは眼を重く病んでいたこと(直江兼続宛書状)。