〈宇喜多直家〉舅・中山信正を宴席で謀殺

中山備前守(勝政)は永禄2年(1559)8月を最後に活動が途絶え、永禄5年末までに殺害されたとみられる。ただし宴席での毒殺・斬殺の描写は『備前軍記』等の脚色で、「舅」という縁戚関係自体も『太閤記』系の記述で一次史料の裏付けがない。動機は直家の私欲ではなく宗景の政治的必要とするのが近年の見解。

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