〈佐竹義宣〉七将襲撃事件で三成を女輿に乗せて救出した

三成に女装させ女輿で宇喜多邸へ運んだという名場面を直接裏付ける一次史料はなく、初出は『佐竹家譜』など近世の佐竹側編纂物。女輿は講談的脚色の可能性が高い。ただし近年の研究(渡邊大門氏ほか)は事件当夜、三成が最初に大坂の佐竹屋敷へ逃れたと指摘しており、「何らかの保護」自体は否定されていない。なお「三成が家康屋敷に逃げ込んだ」という有名な話こそ完全な後世の創作である。

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