〈大友宗麟〉正室と不和になり離別した

奈多夫人が子や親族の受洗に強く反対し、宣教師から悪后「イゼベル」と呼ばれたこと、宗麟が受洗に際し夫人と離別してキリシタンのジュリアを妻としたことは宣教師史料に見える。ただし記述はほぼすべてイエズス会側史料に依り、「布教の敵」としての一方的な悪女像が混じる点に注意が必要。

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