〈高橋紹運〉「763名で島津5万を足止め」

岩屋籠城と全員討死、約2週間の攻防自体は島津側の『上井覚兼日記』からも裏付けられる史実。だが「763名」は『筑前国続風土記』(貝原益軒編)や『大友興廃記』系の江戸期文献由来で一次史料の確定値ではなく、「5万」も軍記的誇張の可能性が高い(実勢は2万〜3万規模とみるのが近年の理解)。島津側死傷「3,000超」「4,500」も軍記由来で検証不能。寡兵で大軍を半月拘束した核心は史実、数字はすべて幅を持って扱うべきである。

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