〈武田勝頼〉初陣で敵将を討ち取った
永禄6年(1563)頃、上野箕輪城攻め(武蔵松山城攻めとも)で初陣し敵将を討ち取ったと伝わるが、出典は『甲陽軍鑑』で場所・内容ともに諸説がある。永禄12年(1569)の三増峠の戦いで殿軍を務めたという伝承も軍記由来。武勇そのものは同時代の敵側の評価が裏付ける。
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