〈島津貴久〉貴久が「大隅を平定」した

岩剣城攻略(1554)から蒲生氏敗走(1556)までの大隅合戦で貴久が掌握したのは西大隅まで。肝付宗家との抗争は死の直前まで続き、大隅・日向を含む三州回復は義久の代に持ち越された。「西大隅進出の足掛かりを築いた」が正確である。

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