〈前田利家〉「利家在世中は家康も動けなかった」
慶長4年正月、家康の無断婚姻に抗議して諸大名が両邸に分かれた政治危機は『言経卿記』などで確認できる史実。細川忠興・加藤清正ら後の家康方までが利家邸に集まった点は人望の証左。ただし「利家の睨みが家康を抑えた」という評価は、死去直後に均衡が崩れた経過からの遡及的解釈で、程度の評価は分かれる。
慶長4年正月、家康の無断婚姻に抗議して諸大名が両邸に分かれた政治危機は『言経卿記』などで確認できる史実。細川忠興・加藤清正ら後の家康方までが利家邸に集まった点は人望の証左。ただし「利家の睨みが家康を抑えた」という評価は、死去直後に均衡が崩れた経過からの遡及的解釈で、程度の評価は分かれる。