〈島左近〉「三成に過ぎたるものが二つあり」の落首
古い形は「治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」で、出典は『古今武家盛衰記』など。『狂歌大観』は「寛永以前落首」に分類し、慶長期まで遡る確証はないが江戸前期には流布。「家康に過ぎたるもの…本多平八」と同型の定型落首である点にも注意。
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