〈井伊直虎〉女性領主だった
「女地頭」と記すのは『井伊家伝記』のみで、同書は誤伝・年代矛盾を含む顕彰文献(野田浩子氏)。一方、永禄8年の龍潭寺宛寄進状など「次郎法師」名の文書群は実在し、この名の人物が井伊谷で領主権を行使したこと自体は史実。「その人物=直虎」の間にあるギャップが論争の震源である。
「女地頭」と記すのは『井伊家伝記』のみで、同書は誤伝・年代矛盾を含む顕彰文献(野田浩子氏)。一方、永禄8年の龍潭寺宛寄進状など「次郎法師」名の文書群は実在し、この名の人物が井伊谷で領主権を行使したこと自体は史実。「その人物=直虎」の間にあるギャップが論争の震源である。