〈長宗我部元親〉本能寺の変「四国説」と石谷家文書

2014年公表の『石谷家文書』(林原美術館蔵)は実在する一次史料。天正10年正月の斎藤利三書状と5月21日付の元親書状は、変の10日余り前まで利三が縁戚の元親との交渉に奔走し、元親が一転して信長への恭順を表明していたことを示す。「四国政策の破綻が光秀・利三を追い詰めた」とする四国説の有力な補強材料だが、単独の決定的動機とみなすかは研究者間で評価が分かれる。

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