〈武田信玄〉死因の謎

『甲陽軍鑑』は「膈」(食物が通らなくなる病)を記し、胃がん・食道がん説が最も広く言及される。ほかに肺結核説、日本住血吸虫症説、肝臓病説。野田城で笛の名手を聞きに出て狙撃されたという外傷死説は地元伝承で、一次史料に記録がなく俗説とされる。確実なのは元亀4年春に病状悪化で軍を返し、4月12日に駒場で病没したことのみ。

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