〈鮎川盛長〉本庄繁長の乱で、鮎川氏は積極的に繁長討伐に参加した

謙信方として村上城包囲・繁長孤立化に加わったことは、上杉方の動員記録・諸研究で一致して認められる。大葉沢城と村上城の至近距離(直線約3キロ)からも、対本庄最前線を担ったことは地理的に裏付けられる。ただし乱当時の当主を清長とするか盛長とするかは資料により揺れがある。

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