〈菊池義武〉相良氏を頼った20年の亡命生活

相良氏側の一次史料『八代日記』に、八代でたびたび饗応されたこと、天文23年(1554)3月に水俣から人吉へ移り国寺で剃髪したことが具体的に記録される。嫡男・高鑑の八代白木社での元服(1538)の記録もあり、義武伝でもっとも史料的裏付けの厚い部分である。

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