〈島津家久〉戸次川で豊臣先遣軍を壊滅させた
天正14年12月12日(西暦1587年1月20日)、渡河してきた仙石秀久・長宗我部元親・信親・十河存保ら約6千を迎撃し壊滅させた。経過・結果は『元親記』『土佐物語』・島津側諸記録・フロイス『日本史』が大枠で一致する。元親の持久論を軍監・仙石秀久が退けて渡河を強行した経緯、信親(22歳)の討死、仙石の逃亡と改易も史実。豊臣の大軍を野戦で破った、九州平定戦で唯一の例である。
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