〈姉小路頼綱〉「中納言」「飛騨国司」を勝手に名乗った

父・嗣頼の中納言任官運動は正親町天皇に拒否された(『御湯殿上日記』等)。にもかかわらず幕府名簿「永禄六年諸役人附」には伊達・北条・武田・織田らと並んで「姉小路中納言飛騨国司 同宰相」と記載され、『信長公記』も頼綱を「飛騨国司姉小路中納言卿」と記す。正式任官は頼綱は侍従まで。僭称が世間に通用してしまった、堂々たる「肩書の自己申告」である。

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