〈金森長近〉80代で三つ目の町を作り、82歳で実子を得た

慶長10年(1605)頃に上有知へ隠居し、小倉山城と城下町・上有知湊を建設したことは美濃市史等で確認される史実。同年、数え82歳で実子・長光が誕生した。ただし「うだつ」自体は享保8年(1723)の大火後に発達した防火建築で、長近が「うだつの町」を作ったわけではない点に注意。初出:美濃市史、『金森家譜』。

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